セガと僕とブランドと

1999年 松原圭吾

盲目的なファンになれなかった人間の妬みだと思って読んでください。

ゲームに境界線を張らずにニンテンドウやエヌイーシーのゲームもピコピコ遊んでいた僕にとって、熱狂的なセガファンは怖い存在です。

1、他社のゲーム機には手を出すな

2、セガのゲームに文句をいうな

3、他社の移植と比較するな

4、セガのやることは絶対だ

5、オレにはセガしかない

6、好きなことは他社の否定とセガの賛美

という思想が根底に存在し、排他的であり、排される部分(1)に私が入っていたことが原因です。セガファンを否定、非難するわけではありません。思い入れが強ければどんなゲームでも普通以上に楽しめます。盲目的にゲームにはまれることが良いことだということは、細かく説明するまでもありません。

ゲームを愛することは良いことです。かくいう私も、身近な友人たちよりはセガ好きでした。しかし、セガファンは敷居が高いです。

セガのゲーム機に触れたのは友人の家で遊んだ『大魔界村』が最初でした。それまでファミコン以外のゲーム機を知りませんでした。この時点でセガファンにいわせると「終わっている」のです。過ぎてしまったことは仕方ありませんが、もう既にセガファンと対等に会話をする機会はありません。

 

セガのハードで発売されたゲームに好きなものが多かったのですが、セガ自体を好きにはなれませんでした。その辺はニンテンドウもエヌイーシーも一緒です。本体というよりはソフトで遊んでいましたので、面白いソフトがあれば、ハードはなんでもよかったのです。

ニンテンドウブランドで、ディスクシステムやバーチャルボーイを賛美できますか?

エヌイーシーブランドでコア構想を語れますか?

セガブランドで32Xをすすめられますか?

結局、メーカーブランドというものを考えずに、ゲームをプレイしていました。

面白いソフトがあればそれでいい。この信念は貫いて行こうと思います。

面白いソフトばかりが世に出ることを祈って・・・。